インドのとある村で起きた「花嫁入れ替わり事件」をユーモアたっぷりに描いたコメディー映画『花嫁はどこへ?』が全国公開されます。
婚礼の儀よりベールで顔を隠したまま嫁ぎ先へ向かう新婦。長い電車旅の先で新郎がベールを取り見た彼女の顔はなんと……
インドの人気俳優アミール・カーンが製作を担当、作品を手がけたのはその元妻であり映画監督のキラン・ラオ。監督は他にもカーンとともに共同設立した「水の安全と持続可能で採算性のある農業」を目指すNGO「パーニー(水)・ファウンデーション」での活動を行うなど、先進的な活動を活発に展開しています。
赤や黄色、そして緑と鮮やかな色彩感のイメージの中、どこか笑えて楽しい空気感が漂う一方で、インドという国の社会にあるさまざまな問題提起などのメッセージ性が感じられるヒューマンドラマです。
映画『花嫁はどこへ?』概要
作品情報
とある行き違いて取り違えられた2人の花嫁を中心に、周囲の人々の思いがけない人生の行方を描いたコメディードラマ。
『ムンバイ・ダイアリーズ』などを手がけたキラン・ラオ監督が作品を手がけました。
メインキャストとなるヒロインを、インフルエンサーとしても注目されるニターンシー・ゴーエル、本作が映画初主演となるプラティバー・ランターの二人が演じました。
あらすじ
大安吉日のインドで婚礼の儀を終え、花婿と嫁ぎ先の家へ電車で向かっていた女性プール。
途中で満員列車に乗り合わせた二人は知らぬ間にはぐれ、花婿は別の花嫁である女性ジャヤを家に連れ帰ってしまいます。
家に帰りジャヤのベールを取って仰天する花婿。妻を探すために慌てて警察に相談する彼でしたが、プールは夫の棲む村の名前も覚えておらず、捜査は難航します。
一方、予期せぬ旅に困惑するプールでしたが、夫との再会を信じる一方で新たな人との出会いを果たしすことをきっかけに、自身の価値、可能性に気づき、人生の新たな道筋を見出していくのでした。
作品詳細
製作:2024年製作(インド映画)
原題:Laapataa Ladies
監督:キラン・ラオ
出演:ニターンシー・ゴーエル、プラティバー・ランター、スパルシュ・シュリーワースタウ、ラヴィ・キシャン、チャヤ・カダムほか
配給:松竹
劇場公開日:2024年10月4日(金)より全国順次ロードショー
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/lostladies/
コメディーの中に見られる「鮮やかさ」「華やかさ」を表現したイメージ
近年、通称「ボリウッド」と呼ばれるムーブメントで世界的にも注目を集めているインド映画。本作はそれら一連作品のようなエンタテインメント性を示すものではありませんが、華やかな音楽が随所にちりばめられた、テンポの良いコメディーであります。
作品に見られる豊かな色彩感は、「インドの結婚にまつわる物語」だからこそ。大安吉日、晴天の下で繰り広げられるストーリーは、赤を基調とした花嫁の華やかな婚礼衣装姿を中心に、鮮やかな色がシーンの随所より感じられます。
また婚礼の通例として神父に施されるボディー・ペイント(手のひらに施されるもの)のヘナタトゥーや額の赤い印などの神秘的なビジュアル、一方で見られるパコラ、サモサ、カラカンドといった思わず「食べてみたい」と思えるインド料理など、インドならではの魅力が満載。インドのポジティブな面が多く見えるのも本作の特徴であります。
さらに素敵なのはキャスティング。素朴ながら人情味にあふれた青年を演じたスパルシュ・シュリーワースタウと、美しさ、可憐さにあふれたニターンシー・ゴーエル、プラティバー・ランターという二人のヒロインを演じた女優陣のコントラストは魅力満載であります。
一方で隠れた魅力を放つのが、物語で発生した事件を追う警察官を演じたラヴィ・キシャン。
「賄賂を受け取る悪徳警官」というのはインドの不条理な権力関係を描いた社会派作品での通例的なスタンスでありますが、彼はその胡散臭さを表情に称えながらも、ラストのどんでん返しでふっと人情味を感じさせ、粋な「庶民の味方」ぶりを見せるなど、好感度たっぷりの人間像を描いています。
変わりつつあるインドのポジティブ性を古い慣習への批判とともに描く
物語は婚礼の風景、新婦がベールをかぶった姿にて幕を開けますが、この姿こそが物語の最も重要なポイントを示す象徴といえるものであります。
インドでは今でも保守的な風習が残る地域では「人妻は夫や家族以外の人に顔を見せてはいけない」という過去の風習が残っているところもあり、特に結婚式ではこのようなベールをかぶり顔を見せないというケースがあるといいます。
一方でこうした風習を、現代では「女性への抑圧の象徴」と批判する声もあります。この物語では、この顔を隠すという風習を守ったがため、電車での移動の際に花嫁を取り違えるというありえない事件の顛末が描かれており、ある意味ベールで顔を隠した女性を「アイデンティティ、個性のないものの象徴」であると示しているようでもあり、かすかに残る男尊女卑的な風習への異議を申し立てているようでもあります。
幸せな結婚生活が始まるはずだったプール、そして彼女と取り違えられたジャヤの隠された秘密。この二人の対照的な性質は、まさにこの問題を顕著に表した象徴であるといえるでしょう。
一方で物語中には貧困地域にはびこる悪人、そして彼らから賄賂を受け取る警官といった、目をそむけたくなるような醜い人物も登場するわけですが、本作はその展開に新鮮などんでん返しを設けており、インドという国の現在、新しい風を感じさせる空気感を生み出しています。
具体的には「古くから続く悪しき慣習は今でもその影をどこかに残しながらも、法律は人民のためにあり、生活を少しでもその理想に近づけていこうとする意向、努力の様子を見せる」というもの。
さまざまな社会問題は未だあれど、徐々に変わりつつある社会を描くというポリシーは斬新な視点でもあり、インドで育ちリベラルな思想を育んできた経歴を持つキラン・ラオ監督ならではの視点でもあります。
ビジュアル的、そしてキャラクター性にも見ていて心地よい、そして笑いながらも最後には大団円で安心できる、見どころたっぷりの作品であるといえるでしょう。