スペイン映画界の鬼才アレックス・デ・ラ・イグレシア監督が手がけた伝説的長編デビュー作『アクション・ミュタンテ』。この作品が30年の時を経て4Kリマスターされ、現在全国順次リバイバル上映されています。
人類は宇宙にもその生活テリトリーを広げる一方で、「美しい者」だけが社会を支配するという奇妙な傾向がはびこる未来。
この物語はそんな世界を舞台に、支配者に抵抗するテロリスト集団『アクション・ミュタンテ』たちの活躍を描いた、SFアクション・コメディー映画です。
作品が最初に発表された1990年代は、旧ソビエト連邦とともに社会主義体制が崩壊した一方で社会の大きな変化が人々に与える不安感の多い時代。ちょうど日本ではバブルが崩壊し「失われた10年」という危機的状況が訪れたのもこの時代でありました。
この作品は奇想天外なコメディーでありますが、一方で不条理な社会構造に異論を投げかけるようなメッセージを感じさせるところもあり、時代を映し出す一方で強烈なパンク性を持ったインパクトの強い作品であります。
特に近年のコロナ禍による不況の余波、世界のあちこちで起こりつつある紛争などの社会不安を考えると、とても古典とは分類できない、今また現れるべくして現れる意味を持つ作品であるといえるでしょう。
映画『アクション・ミュタンテ』概要
作品情報
「美しい者」だけが社会を支配するという異様な社会構造となった未来を舞台に、醜さゆえに迫害されてきた異端者たちが反逆のために誘拐事件を企てる姿を描いた、パンキッシュなSFアクションコメディー。
作品を手がけたのは『気狂いピエロの決闘』『刺さった男』『ベネシアフレニア』などジャンルを超えて独特の個性を表現するアレックス・デ・ラ・イグレシア監督。本作は監督の長編デビュー作であります。
日本では『未来世紀ミュータント』の邦題で映画祭上映、そして以後1994年に『ハイルミュタンテ! 電撃XX作戦』の邦題で劇場公開されました。
あらすじ
「美しさ」が優先され、「美しい者」だけが権力を握る近未来。
ある日そんな社会に抗うかのように、醜悪な容貌や障がいを持った7人の集団「アクション・ミュタンテ」が現れました。
醜いがゆえに迫害され、虐待を受けてきた彼らは、社会に復讐すべく誘拐や略奪、殺人といった重大犯罪をを繰り返していました。
そしてある日、彼らは結婚式を控えた大富豪オルホの娘パトリシアの誘拐を計画。彼女の結婚パーティに潜入し、居合わせた客を皆殺しにして彼女を宇宙船へ拉致してしまいます。
そしてオルホに身代金を要求、身柄の引き換え場所である惑星に向かいますが、一方で7人は……。
作品詳細
製作:1993年製作(スペイン映画)
原題:Accion Mutante
監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア
出演:アントニオ・レシネス、アレックス・アングロ、フレデリケ・フェデール、フェルナンド・ギーエン、エンリケ・サン・フランシスコ、フアン・ビアダス、カラ・エレハルデ、サテュリアーノ・ガルシアほか
配給:フリークスムービー
劇場公開日:2024年8月23日(金)より全国順次ロードショー(4K版)、1994年6月11日(日本初公開)
公式サイト:https://accionmutante.jp/
B級感の一方で見える映像センスの秀逸さと強いメッセージ性
社会に抗うレジスタンスたちは、聞こえは勇ましくも感じられるものの、リーダーを除き実はおマヌケな集団。彼らの奮闘ぶりは勇猛果敢であるはずが、計画性もなく誘拐を企て失敗し人質を殺してしまうなど、抜けの多さがどこか笑えてきます。
そんなコメディー作品でありながら、美術的な部分ではサイバーパンク/スチームパンクといった、前衛的なイメージをうまく取り入れています。
パンクなイメージがあり、かつコメディーというスタイルで、どうしてもB級感を感じてしまう人もいるかもしれませんが、この時代の映像としてはわりにセンス良くまとめ上げられている印象でもあります。
そして最も重要なのが、物語のテーマ性であります。
社会の不条理な構造に抗うかのように生きるはずの「アクション・ミュタンテ」でありますが、彼らはレジスタンスという言葉から想起される「自由のために戦う」という印象よりは「金が第一」という若干貧相な思想を持った集団であり、金をめぐって内部の体制に隠れた陰謀が見え隠れするという問題が露呈、社会情勢の不安さに対する、ある意味問題提起を行っているようでもあります。
映像的にはコメディー的性質をしっかりと打ち出したものでありますが、その展開がおかしければおかしいほどに見る側の違和感は大きくなり、この作品が発するメッセージを深く考えざるを得ない方向に進んでいきます。
体制への抵抗という意味では、昨年リバイバル上映された1987年のイギリス映画『金持を喰いちぎれ(原題:Eat the Rich)』も、時期的には近い上映となった作品でありますが、「現社会への疑問を呈する」という共通テーマの一方で、その描き方になんとなくお国柄を反映させているところにも、興味深いポイントがあるといえるでしょう。
ジャンルにこだわらない多様性と独自の視点、その片鱗を感じさせるデビュー作
一方で興味深いのは、やはりアレックス・デ・ラ・イグレシア監督の作風、才能の片鱗を感じさせる要素であります。
特に物語のクライマックス、ヒロインであるパトリシアの身柄交換の展開から終盤にかけての展開は、見どころたっぷりである激しいガンアクションシーン。そこまでのコメディー性が一気にひっくり返されるほどの強烈なインパクトを醸しながら、ラストシーンでは「え?それで終わっちゃうの?」という意外な展開へ向かいます。
どこか不確かで煮え切らない終わり方でありながら、このエンディングならではのインパクトもしっかりと作り上げているわけです。
サスペンス的な『気狂いピエロの決闘』、ブラックコメディーの『刺さった男』、ホラーの『ベネシアフレニア』、サイコスリラーの『ネスト』など、ジャンルレスでそれぞれに独自の個性を発揮するイグレシア監督。
ドキュメンタリーではサッカー界の英雄リオネル・メッシに迫った『MESSI メッシ 頂点への軌跡』、マカロニ・ウエスタンの名作を撮影したロケ地「サッドヒル」の復元に挑戦する人たちを追ったドキュメンタリー『サッドヒルを掘り返せ』を手掛けるなど、そのターゲットに限界も感じられない一方で、独特な視点も感じられるところであります。
本作のその捉えどころのないバラエティー感、さまざまな影響を感じさせる普遍性は、まさに現代につながる監督の多様性の片鱗を示したものであるともいえるでしょう。