映画『脱走』 イ・ジェフン×ク・ギョファンのアクションの奥に見える「現代の北朝鮮」の印象

レビュー

『花、香る歌』『サムジンカンパニー1995』など、独自の視点で韓国、朝鮮半島を見つめてきたイ・ジョンピル監督による映画『脱走』が全国公開されました。

北朝鮮の軍事境界線という「緊張の途切れない」場所を舞台に、命がけの脱北を試みる一人の男と、それを阻む上層部の激しい戦いを描いた本作。

アクション映画、ドラマで人気を集めているイ・ジェフン、映画監督としても活躍、個性的な存在感で注目されているク・ギョファンという個性派俳優を中心に実力派の俳優陣が集結、緊張の途切れない激しいドラマを繰り広げています。

映画『脱走』概要

作品情報

2日間のタイムリミットの中で脱北に挑む軍人と、複雑な事情を抱えた彼の幼馴染との闘いを描いたアクションサスペンス。

作品を手がけたのは『サムジンカンパニー1995』のイ・ジョンピル監督。

ドラマ『シグナル』のイ・ジェフン、ドラマ『D.P. 脱走兵追跡官』のク・ギョファンがライバルとして火花を散らします。ほかにも『このろくでもない世界で』のホン・サビン、ドラマ『ナビレラ それでも蝶は舞う』のソン・ガンらが共演。また韓国のシンガーソングライター、Zion.Tが挿入歌を担当しています。

あらすじ

軍事境界線に配備された北朝鮮の部隊。ここに配属されている軍曹ギュナムはもうすぐ兵役を終える予定となっていましたが、一方で密かに韓国への脱走を計画していました。

ところがその計画を決行しようとした矢先に、彼の部下である下級兵士ドンヒョクに計画を知られ、計画は狂わされ失敗してしまいます。

さらにギュナムの幼なじみである保衛部少佐ヒョンサンは、ドンヒョクを捕まえた英雄としてギュナムを祭り上げ、前線から平壌へ異動させようとしてしまいます。

ギョナムに残された時間はあと2日。彼は上層部の目を盗んで決死の脱出を試みますが、事態は思わぬ方向へ進んでしまい……。

作品詳細

製作:2024年製作(韓国映画)

原題:탈주(英題:Escape)

監督:イ・ジョンピル

出演:イ・ジェフン、ク・ギョファン、ホン・サビン、ソン・ガンほか

配給:ツイン

劇場公開日:2025年6月20日(金)より全国順次ロードショー

公式サイト:https://dassou-movie.com/

緊張感たっぷりの激しいアクションとともに想像された「現代の北朝鮮」象

国同士の関係より、北朝鮮との関係に触れた物語、あるいは北朝鮮自体を描いた物語は、韓国映画作品としては多く描かれるスタンダードなテーマでもあります。

本作もその一つでありますが、本作はあくまで北朝鮮国内の一場面、一視点に絞った物語。もちろん韓国側から北朝鮮の内情を正確に知ることはできないものの、世界情勢的な動きなどから内情の雰囲気、空気感などはなんとなく見え、さまざまに想像を膨らませる要素は得られるわけです。

その意味で本作は、あくまで実体の見えない北朝鮮という国をさまざまな情報から一つのイメージとして作り上げた物語であり、サスペンス的な要素がありながらどこか寓話的な印象もおぼえてくるものであります。

これまでの作品、たとえば2013年の『レッド・ファミリー』や2010年の『夢は叶う オン・ザ・ピッチ』など、このテーマで作られた作品の中で多く見られた北朝鮮のイメージは、この国の「命令絶対」的な体制を人間ドラマで示したもの。

なぜ登場人物たちは一見、不条理とも見られるミッションに従事するのか。それはあくまで「北朝鮮という国を第一とするため」でした。

これに対し、本作では「腐敗政治」的な国の権力構造が描かれており、このテーマを扱った作品としては若干新鮮な空気感をおぼえるところでもあります。社会情勢的な視点で現在、北朝鮮はこのような情勢が見えてくるのか。あるいはあくまで仮定の物語として構成されているのか。

作品の空気感はニュースで流れてくる情勢的な情報にエッセンスを与えてくるようでもあり、その意味で非常に興味深い光景を描いているものであるといえるでしょう。

また他にも興味深いのは、人物像の描き方にあります。主人公ギュナムを演じるイ・ジェフンは、アクション作品で注目を集めるスターの一人であり、本作の役柄はまさしくピッタリな印象。一方でそのライバルで、ギュナムのある意味ライバル的な存在で、ギョナムの脱北を阻むヒョンサンを演じるク・ギョファンのたたずまいは注目ポイントの一つでもあります。

ヒョンサンは北朝鮮の軍部組織の官僚でありながら性別的にも、思想的にもどこか中性的な性質を感じさせる非常に印象的な人物。「命令絶対」的な、北朝鮮のステレオタイプ的な思想を遂行しながらも、胸の内にはどこか違和感をおぼえる思いを抱えた、複雑な事情をもった人物。彼の存在は先述した「北朝鮮」という国がもつ固定観念的な印象から変化した、新たなイメージを想起させる人物となっています。

もちろんアクション、サスペンスという観点でも十分に楽しめる作品でありますが、韓国ならではの視点で描いたテーマの緻密さというポイントでも非常に深い考えを想起させる物語であるといえるでしょう。

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