近年芸術の分野で再評価、人気も非常に高く、20世紀の偉大な画家の一人という声も多く上がるフランスの画家、ピエール・ボナールとその妻の半生を描いた映画『画家ボナール ピエールとマルト』が全国公開されます。
画家とモデルというつながりから始まった二人の関係。やがて画家はモデルの彼女を「自分にとって常に必要な人」と認識、その関係は時に異常ともいえる側面を見せながらも、二人は人生を全うする。
本作はそんな二人の愛しあうという関係を超えた人生を描いたヒューマンドラマです。
作品を手がけたのは、俳優としても活躍しながら、多くのドラマ作品を輩出してきたフランスのマルタン・プロボ監督。
そしてベルギーの女優セシル・ドゥ・フランス、フランスの俳優バンサン・マケーニュという二人がメインキャストを担当、機微の中に見える男女の神秘的な関係を生き生きと描いています。
映画『画家ボナール ピエールとマルト』概要
作品情報
実在のフランス人画家、ピエール・ボナールとその妻マルト(本名:マリア・ブールサン)の知られざる半生を描いた物語。
『5月の花嫁学校』『ルージュの手紙』『セラフィーヌの庭』などを手がけたマルタン・プロボが監督・脚本を担当しました。
メインキャストには『ヒアアフター』『少年と自転車』のセシル・ドゥ・フランス、『セラヴィ!』『夜明けの祈り』のバンサン・マケーニュの二人。他にも『グッバイ・ゴダール!』のステイシー・マーティン、『メルシー・ラ・ヴィ』のアヌーク・グランベールらが名を連ねています。
あらすじ
1888年に結成された「ナビ派」を代表する画家で、印象派とポスト印象派との間を結ぶ架け橋とみなされるピエール・ボナール、そしてあるきっかけで彼の画のモデルを務めたマルト。
ピエールは彼女が生涯の伴侶となり、自分の人生と仕事になくてはならない存在であることを、寝食を共にする中で実感を徐々にかみしめていきます。
そして二人はある意味常識からかけ離れた愛の形を営みつつ、生涯を掛けて充実した作品を生み出していくのでした。
作品詳細
製作:2023年製作(フランス映画)
原題:Bonnard, Pierre et Marthe
監督:マルタン・プロボ
出演:セシル・ドゥ・フランス、バンサン・マケーニュ、ステイシー・マーティン、アヌーク・グランベール、アンドレ・マルコンほか
配給:オンリー・ハーツ
劇場公開日:2024年9月20日(金)より全国順次ロードショー
公式サイト:http://bpm.onlyhearts.co.jp/
ある男女の間にある愛を通して描く「愛を超えた関係」
本作の製作のきっかけとして、マルタン・プロボ監督はカンヌ映画祭の公式インタビューにて、本作の登場人物である実在の女性マルトの姪であるという女性よりある日、「マルトについての話を映画にしてほしいという依頼があった」ことを明かしており、その動機は「マルトが夫の残してきた芸術作品のために果たしてきた役割が、過小評価されているのではないか」という姪の思いからであったと振り返っています。
歴史的にはピエール自身の作品にのみ注目が集まるも、その作品群の多くにモデルとして存在するマルトという女性。
単にピエールと恋仲であるということであれば、物語は単純なラブストーリーに終始するでしょう。本作の大きなポイントとしては、その関係を超えピエールという一人の画家が残してきた作品に、マルトという女性が与えた影響にあります。
ピエールという人物にとって絵画、芸術はまさに人生を賭けて取り組んできたもの。その自身のライフワークにおいて「描かずにはいられない」と思わせる存在感が、物語でどのように描かれているかが焦点となるわけです。
プロボ監督は本作で描こうとしたものとして「カップルの内面世界は神秘的で、神聖でさえあります。この映画で私はその神秘に触れようとしました」と語っています。
ピエールとの入籍時に初めて自身の本名と実年齢を明かしたというマルト。もともと二人の出会いの時も、自身の境遇に関して嘘をついていたという逸話もあり、ピエールにとって彼女の存在はいろんな意味でミステリアスな存在であったことも想像できるでしょう。
そしてマルトのその存在に強く惹かれたピエール、一方で体も弱くそれほど家から出ることもほとんどなかったマルトもまた、自分を認める彼に囚われた者。そんな二人が時に相手を疑いながらも、絵を描くというという部分で重なりお互いが必要であることを常に思いに留めている。
物語としてはある意味寓話的にも感じられますが、お互いの気持ちを突き詰めたストーリーとして、これこそまさしくプロボ監督が目指した「カップルの内面世界」という表現であると、心では妙に腑に落ちる感覚をおぼえるでしょう。
女性目線にこだわった「愛の物語」をテーマとするマルタン・プロボ監督作
プロボ監督は、マルトの姪であるという女性とコンタクトをとったのはちょうど2008年の映画『セラフィーヌの庭』を発表した直後でもあり、まだその製作に着手するまでには至らなかったと振り返ります。
製作が本格化するまで、そこから10年以上の歳月(実際にはコロナ禍のロックダウンが発令されたころだったといわれています)を経て物語が紡がれたわけですが、プロボ監督はこの時期にコンタクトをとる前の『セラフィーヌの庭』、そして『ヴィオレット ある作家の肖像』(2013)と、作品を発表しています。
この二作品はいずれも「芸術の分野で活躍する女性」を描いたものであり、本作につながるものを感じ取ることができるでしょう。マルトの姪であるという女性がわざわざプロボ監督に依頼を投げかけたことも、ある意味うなずけるところであります。
ちなみにマルトはピエールの描く絵のモデルとしての役割を果たしただけでなく、晩年にわずかながら自身の手による絵を残しており、広い意味で芸術という分野に活躍していたといえる人物であります。
またプロボ監督は、上記二作以外にも『Où va la nuit』(2011年、日本未公開)、『ルージュの手紙』(2017年)、『5月の花嫁学校』(2020年)と女性目線の作品を描き続けてきていることもあり、同様に「女性目線で見た愛の物語」という作風を期待する人にはピッタリともいえるでしょう。
一方、ボナールの作品にも感銘を受けたというプロボ監督だけに「時代劇では見られない、身の回りにあるような独特な形の光をとらえようと試みており、この映画は光で満ち溢れている」と本作の作風を語っています。
その意味では絵画のように美しく、さまざまな思いを感じられる、そして印象的な光を感じられるその映像にも注目であります。
補足:ピエール・ボナールとは
ピエール・ボナール(1867-1947)
19世紀末のフランス・パリで発生したナビ派(※)の代表格といえる画家の一人。印象派の画家ルノワールに続いて『幸福の画家』と称されている。
大胆な色彩と日常の些細な事象を好んで描いたことで知られる一方、平面的な画面構成を試みたり、見ることのプロセスそのものを描こうとするなど、終生実験的な姿勢を貫く一方で、日本美術から大きな影響を受け「日本かぶれのナビ」とも呼ばれたこともあった。
※19世紀後半のフランスで発生した印象派とは異なり、自然の光を画面上にとらえようとせず、画面それ自体の秩序を追求するという方向性をもった絵画流派。