広島といえばよくも悪くも深作欣二監督が手がけた『仁義なき戦い』シリーズが作り上げてしまったイメージで、おっかない場所なんだと勘違いされている方も意外に多くおられるようです。実際に私が東京に住んでいたころ、広島出身であることを明かすと「広島!?『ヤクザ』って見たことある?(あの人たちって)『じゃけんのう…』とか言うんでしょ?」なんてよくわからないツッコミを受けて苦笑いしたことも少なくありません(笑)。
残念ながらヤクザのような裏社会、闇の世界は場所指定などなく、どこにでも存在する可能性があるわけで、今回紹介する映画『THE WILD 修羅の拳』の舞台は韓国。しかもまるで日本が描いたいわゆる「ヤクザ社会」に拮抗する風景が描かれたような作品であります。
意外に韓国も似たような裏社会を描いた作品は多く、ジャンルとしてもサスペンス、コメディー、アクションと色とりどりに発表されています。そして本作は、今韓国映画で最も熱いジャンルの一つ「韓国ノワール」に属するクライム・サスペンス。
ポスタービジュアルにズラリと並んだ4人の男性の姿。第一声としていかにも「悪そう」と思ったアナタ!まあその印象はあながち間違いではない(笑)。
反社会的勢力、汚職警官、脱北し麻薬の売人として働く者、そして「刑務所帰りの元ボクサー」とさまざまに見えてくる彼らの素性、そして決して交わらないそれぞれの思いがぶつかる様は激しく、そして生々しく見るものの胸にグサッ!と刺さってくることでしょう。甘さなどみじんも見えないその展開は、まさに「ノワール」=「黒」、闇社会のおどろおどろしさ満載!
映画『THE WILD 修羅の拳』とは
概要
殺人の罪で服役した元ボクサーが、平穏な生活を望みながらもかつて身を投じた闇社会に巻き込まれてしまう姿を描いたクライム・サスペンス。
作品を手がけたのは、『ありふれた悪事』のキム・ボンハン監督。主人公の元ボクサー、ウチョル役を『新しき世界』のパク・ソンウンが務めます。その他のキャストには『ただ悪より救いたまえ』のオ・デファン、『殺人者の記憶法』のオ・ダルス、『KCIA 南山の部長たち』のチュ・ソクテらが名を連ねています。
あらすじ
違法ボクシング賭博の試合中に相手を誤って殺害したことにより8年の懲役刑となった元ボクシング選手のウチョル。
刑期を終え自由の身となった彼は、静かに暮らしたいと考えていました。しかし出所後に彼を待ち受けていたのは、古くからの友人で犯罪組織のボスであるドシクからの「闇の仕事」でした。
ウチョルは彼の誘いを断ろうとしますが、偶然一人のコールガールと出会ったことがきっかけで、裏で闇に染まった汚職警官ジョンゴンに拳を振るってしまい、逮捕を免れる代わりに闇の仕事を迫られます。
それは脱北者によって構成された麻薬密売組織を仕切るガクスを抹殺することでした……。
作品情報
製作:2023年製作(韓国映画)
原題:더 와일드: 야수들의 전쟁(英題:THE WILD)
監督:キム・ボンハン
脚本:キム・ジュマン
出演:パク・ソンウン、オ・デファン、オ・ダルス、チュ・ソクテ、ソ・ジヘ
配給:クロックワークス
劇場公開日:2024年2月16日
ストレートながらひねりを加えた人間関係に見える「韓流らしさ」
いわゆるストレートな「ヤクザ物語」と見えるこの物語、いやクライムサスペンスというべきでしょうか。
悪に徹する人間もいれば、意図してそこに足を踏み入れたわけでもないのに、抜け出せない人間。そこに入ることを余儀なくされ、運命を受け入れた者と、それぞれの境遇を抱えた人間の人生が交差します。そして彼らを蔑(さげす)み、付きまとう人間もまた闇に引きずられていく。ふっと息をつく間もなく激しいアクションとともにそんな様が続くこの物語は、途切れることのない心の闇に包まれた、まさしく「韓国ノワール」の名にふさわしい作品であります。
主演を務めるパク・ソンウンは、韓流ドラマなどではどこか「組織のボス」的な、ポーカーフェイスがどこか威圧感すら覚える役柄。主人公ウチョルの「濡れ衣を着せられた」的な設定は、自身の闇を認めつつも譲れない部分、芯の強い部分を持つ、ダークな世界に生きる「イケてる男」。この役にパク・ソンウンはもう適役以外のなにものでもありません。
一方、ヤクザのボス、汚職警官というヤクザモノお決まりの人物設定、さらに加えられた脱北者であり「ヤクの売人」であるというガクスの人物設定は、ある意味「韓国」らしさを感じられるポイント。
この役を演じたオ・ダルスは、いわゆる韓国の名バイプレーヤー陣の一人であり、個性的で彼ならでは、というカラーがにじみ出るのがそのたたずまいの特徴でありますが、本作でも彼らしさをアピールしつつ、一癖も二癖もあるガクスという人物像を見事に演じ切っています。
またちょっと特徴的なのが、オ・デファン、チュ・ソクテワルらが演じる、文字通り「ワルに徹した」部分。彼らが演じる主人公の友人、汚職警官はどこまでも自身のステータスを守り、思い通りの道に進めようとする。その手口や性格は一見卑劣であるものの、意外にまっすぐで下世話な感じがなく「ワルな道ならとことんワルで!」という潔さすら見えてきます。
このそれぞれの立場の微妙な関係も、クライムアクションとして優れた構成を見せている部分であります。登場人物の人間関係に一ひねり、二ひねりと変化球を加えているのも、タダじゃすまない韓流っぽさ。
最後にワルどもは消えてゆき、ふっと訪れたやすらぎがラストシーンで一気に覆され、なんともいえないダークな余韻が残るのも、まさにこのジャンルの作品ならではの持ち味。「派手なアクション映画を見てスカッとしたい!」という人向けの作品ではありませんが、汚れた世界の中だからこそ見えるリアル感、そして光るもの、美しく見えるものが際立って見えるなど、魅力も盛りだくさんの作品であります!
映画『THE WILD 修羅の拳』公式サイト