偉大な映画監督を父にもつソフィア・コッポラ監督。日本には映画監督、演出家として知られた蜷川幸雄の娘で、写真家、映画監督の蜷川実花がさまざまな作品で話題を呼んでいますが、コッポラ監督もその映像のセンスという点で注目を集めるクリエイターであります。
その傾向が顕著にみられるのが2006年公開の映画『マリー・アントワネット』でありますが、今回紹介する映画『プリシラ』でも主演のケイリー・スピーニーを中心に、シャネルやヴァレンティノといったファッションブランドによるデザインが作品を彩ります。
その死の謎など、さまざまな憶測が未だに語られるスーパースター、エルヴィス・プレスリー。その知られざる表情を、一人の女性の視点により描いた本作。
「エルヴィス・プレスリー」ファン、コッポラ監督ファン、女性のポップなカラーを好む人など、さまざまな趣向にアピール作品であるといえるでしょう。
映画『プリシラ』概要
作品情報
世界的なロックスター、エルビス・プレスリーの元妻であるプリシラ・プレスリーが1985年に発表した回想録『私のエルヴィス』をもとに、彼女がエルビスと恋に落ち人生の一部を共にした日々を綴る物語。
監督・脚本を担当したのは『ロスト・イン・トランスレーション』『マリー・アントワネット』などを手掛けたソフィア・コッポラ監督。
主人公プリシラを務めたのは、『パシフィック・リム アップライジング』のケイリー・スピーニー。そしてエルビス役には『Saltburn』『キスから始まるものがたり』などのジェイコブ・エロルディがキャスティングされました。スピーニーは本作にて、2023年・第80回ベネチア国際映画祭で最優秀女優賞を受賞しています。
あらすじ
軍人の父の転勤により西ドイツを訪れ、友達もできずに退屈な毎日を過ごしていた14歳の少女プリシラ。
ある日彼女は、いつも入り浸っていたレストランで一人の軍人に誘われ、彼の友人であるというスーパースター、エルビス・プレスリーと出会うことになります。
そこで彼女はあっという間にエルビスと恋に落ちます。その気持ちは彼がアメリカに戻っても消えず、やがて両親の反対を押し切って彼の大邸宅グレイスランドで暮らし始めることになります。
彼の家での生活は、彼女にとってこれまで経験したことのない華やかで魅惑的な世界。しかし……。
作品情報
製作:2023年製作(アメリカ・イタリア合作映画)
原題:Priscilla
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ、ダグマーラ・ドミンスク、アリ・コーエン、ティム・ポスト、オリビア・バレットほか
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/priscilla/
1人の女性の視線から見える二つのポイント
2022年には映画『エルヴィス』も公開され大きな話題を呼んだエルヴィス・プレスリー。稀代のスーパースターの象徴として今なお語り継がれる彼ではありますが、その私生活はその華やかさとは裏腹に波乱に満ちたもの。
この作品で描かれた、一人の女性からの目線で描かれた彼の姿はさまざまに語られる彼のイメージから、さらに新鮮なイメージを作り出しているといえるでしょう。
エルヴィスに強く魅かれながらも、どこか彼の見えない部分にいつも不安、不満を抱えながら日々を過ごすプリシラ。実際、結婚までにこぎつけた彼らでしたが、彼女は心の奥底にはどこか信頼できない気持ちがあったことを雑誌の取材でも語っており、非常に危うい関係であったこともうかがえます。
本作はその綱渡りのような微妙な関係が描かれ、美しい映像の中でどこか生々しい感情が見え隠れしてきます。
先述の『エルヴィス』は、どこかエルヴィス自身を一つの風景とした、彼を取り巻く人々の姿が描かれたイメージである印象。これに対し本作は逆に彼自身を、極力彼自身の姿を用いないことでその素顔をイメージさせるようなものとなっており、スーパースターという表面からは見えない奥底をイメージしているといえるでしょう。
また本作の大きなポイントとしては、ラストでの展開。結果的に彼らはお互いに魅かれたことを否定しないながら別れを決意。そこで二人は反発することなく「美しい別れ」へと歩みを進めていきます。
「彼を愛していなかったから離婚したわけではありません。彼は私の人生の最愛の人でしたが、私はもっと世界を知らなければならなかったんです」とその時のことを、テレビのインタビューで語ったプリシラ。
以後、彼女はモデル、女優などと活動の幅をどんどん広げ新たな道を突き進んでおり、その意味ではフェミニズム、女性の自立というテーマに切り込んだ物語であるともいえるでしょう。
またこの作品の音楽を担当したのは、フランス・ヴェルサイユ発のロックバンド、Phoenix。彼らのサウンドどちらかというと四つ打ちのような現代的リズム感が特徴であるものですが、この映画では敢えて当時のサウンドに挑戦し新鮮味を加えています。
ともすれば「古臭い」物語になりがちなテーマに、うまく現代的な空気感を与えており、特に冒頭に流れる80年代ネオアコ調の曲はまさに物語を「単なる伝記」でない、普遍的な空気感に染めています。
一方でそんなポップ、新鮮味をどこかシリアスな空気感にうまく溶け込ませているのも、コッポラ監督ならではの演出。
特にラストシーンに流れる空気感は、イーサン・ホーク主演の映画『ブルーに生まれついて BORN TO BE BLUE』(2015年)のエンディングを彷彿するような傷心的カラーも感じられ、非常に見応えのある作品として仕上がっている作品であるといえるでしょう。